Mysore Atsugi

厚木、愛甲石田でヨガ教室を開催してます。 アシュタンガヨガ、マイソールをメインにインヨガも指導してます。 ヨガのこと、日々の気づきを綴ってます。

ヨガ

私がどうしたいのか

おやすみ期間中だからこそ、正直な気持ちをしたためておこう


9年後はこの状況をどう思うだろうか?


実は2011年の震災の時も、年末から私の身に起こった事と結構かぶることが多く、不思議な感じがします。


あっという間の9年後、2020年ですが


私がヨガのお教室をどうしたいのかについてしたためておこうと思います。



ヨガを指導することは、私にとって自分を見つめる一つのツールであり、それがとてもワクワクすることで、そして心の中にとある確かな確信を持っているため、10年以上も続けているわけです。


その確信をもとに今は専門的な学問を学び始めて、さらに気持ちはワクワクしています。


そして今の状況、、、


私にとって、そのワクワクする指導というのは、生徒さんの動きをじーーーーーーっと凝視して、体の動きがどーだのこーだのをみること、、、ではありません🙅‍♀️



毎日来ている方は気付いていると思いますが、私はあまり凝視するようなことはしません。


確かに、凝視すればその人の体がスケルトン💀かのように色々見えるので、動きがどーだのこーだのと必要最低限は言葉で伝えたりアジャストしたりしますが、本来はそんな事は関係ないのだと気付いているかこそ、そのような指導にならなくなったのです。


その必要最低限が欲しい…って人もよくわかります。最初のうちはそのような人には必要最低限をたくさんやります。



が、本来は見守るだけに徹底しています。呼吸の音やマットの擦れる音を聞いてます。完全に見守り人です。



そして、伝わる感覚は目よりもその人のエネルギーだなって思います。本当にその人のエネルギーが伝わります。


あと、私のエネルギーもめっちゃ伝わると思います。



今日のともみは体調悪いな…とか、イラついてんな…とか………「おはようございます」の瞬間にわかるかも。



とにかく、この環境がその人の生きるクオリティーに繋がっていることは確かです。人のエネルギーと自分のエネルギーを感じる。



これは、お教室がないとできないこと。私と生徒さんがそろって行える空間作りです。



マイソール厚木は私の場所ではなく、生徒さんと私でつくられている空間だなって思ってます😳←ありきたりですが正直な気持ちです。



だからこそ、今回のこの状況下ではオンラインの指導もできないなって思ったのです。



マイソールでオンラインってのも、監視カメラでみんなを監視みたいな感じになるのかな👁👁


お教室をお休みする事で、とゆーかそもそも生徒さんも来れないと思いますが、色々と維持できるか心配がなかったわけではなく、でもなんとかなるか…ダメならきっとそれは私に続けるなって事だな。って思ってました。


でも、お教室は続けたい。ずっと。


今後は、、とにかく自分のやってる事に自信しかないので、なんとかなると思ってます。根拠は私の魂がそれと言っております。





学業ですが、今通っている学校は今年2年目に突入。都内なので通常運行がまだまだできません。新入生や受験が待ち構えている三年生と比べたら、まだ良い環境だと思いますが、、、


家でやる課題が死ぬほど。毎日楽しく勉強してますが、とっても大変です。大変って思いたくないけど、挫けそうになるんじゃないかってくらい大変です。でも楽しく勉強してます🤔🤔🤔


勉強が好きなんだなーって思います。


そんなこんなで、実はこんな時でも忙しくしていられて、幸いにも心配事とかしてる余裕もなかったり


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ヨガが好きとかじゃないんですよ、本当に。


そのエネルギーが好きなんですって。






心と身体がつながっているとコレってのがわかる

できないことをがむしゃらにやるのはきっとやりたいからで


そんな状況を楽しんじゃっているのがあると思います


それも一つなんだけど、これをもうやめても良いんじゃないかって思っているならやめてみる


もうやめてもよいんじゃない??まだ根性論でアヒムサ無視しちゃう??


コレって感覚を知っているとがむしゃらにやらなくったって出来ちゃう


つねに心が身体と繋がっていれば、コレってちゃんとみえてるし


力を入れずに楽しく物事が進んでいく


頭で考えると正解は出てこない

行動でしか結果を見ることが出来ない


パっとしてコレって感覚は無視せずに


無理しているならぱっと手放して


次へと行動していく


答えを得たいからって無理して頑張らずに


楽しいのか、嬉しいのか、わくわくするのか


ちゃんと心に聞いてみる


その中でやっぱりがむしゃらな自分が好きなら、それもOK!


You do great anyway!




バックベンドで試してみたこと

後屈で胸が開かないとか


後屈で苦しいとか


後屈で腕が伸びないとか



これらを逆に出来ないパターンでやってみる



どーしたら逆パターンになるのか



「腰を痛めないようにめっちゃ骨盤頑張る」



これをやってみたら、まぁー苦しーの腕伸びないの胸開かないの



で、首辛いしで散々



しかもアジャスト受けてる時にやってみたら、ビックリするくらいかたいの



腰は固められてるから痛くはないけども


全体的に苦痛



実験結果、腰痛くなると勘違いして、バンダと勘違いして腰を固めてると、より硬さが増す



腰を柔らかくして腰に負担なく骨盤の可動域を使うには、バンダを固めようとするのではなく意識するだけ


背中で押しちゃうと腰痛めるだけだから


押し上げる→❌

引き上げる→⭕️



バンダは飛行石説







出来ないことを決めつけてたからやめてみた

今週はお教室を三日間休んでみた



やってみたかったのは、連続して渋谷に練習に行く事



出来ることなのになぜ出来なかったのかの理由が



何となくやっちゃいけないって決めつけてたから



お休み作ったら何かしらやらなきゃ…みたいな貧乏性的な考えで、自分のやりたいことを後回しにしてました



3日も休んで練習するなんて



別にいーじゃんね…なんか罪悪感を勝手に作るってゆー



やっちゃうよね?こーゆー罪悪感作り



こーゆーのをやめていこうと思って



勝手に作り出す勝手な思いを自分本位でやめていく



渋谷の街に行くこと自体はもはや苦痛なんだけど



身を捧げるような練習ってなかなかできないから良き三日間だった



来週からはお学校の始まりです🏫




海外に住むということ

会社員を辞めて20代前半に友達と語学留学のため海外に移住



現地に行く前に、とりあえず二週間ホテルをとっておきました(普通なら斡旋受けたり知人を頼ったりホームステイします)



その間にアパート探せばなんとかなるべ…



と、回想するとかなりアバウトなノリで海外へ飛び立ってしまった



親も心配しただろうけど、友達と行くということで少し不安も和らいでいたはず



なもんで、私たちも不安二分の一で行くとゆー



そして、運は常に私たちの味方で、なんにも考えないからこその運が沢山



山と海の見えるダウンタウンのアパートをすぐに見つけ、学校が始まる前から沢山の出会いで色々な友達にも授かり…



学校生活も順調



楽しい夢のような学生ライフを送り




その後、私は仕事を見つけて数年間海外に住むことになるのです(英語は嫌でも喋る環境なわけで、勝手に上達していきました)




マーケティングの会社でデザインをやってました



会社のボスはファミリーのように仲良くしてくれるし、仕事も順調、お給料もよし、ちゃんと生活もできるしで快適でした



しかし仕事への意欲は…クライアントを満足させればいーや、、的な、自分の実績は増えるけどそれ以上のスキルアップへの執着無しで、なんとなくで仕事していただけ




ともみはもっとデザインの仕事で上を目指さないの??



興味はそこまでないかも…



デザイナーのお仕事に疑問を抱き始めるのだ


☆☆☆☆


海外に住んでいるとなぜか開放的な気分になります



それはなぜなのか…



おそらく、緊張感の中の開放感なのではないかと思うのです



海外で生活するってだけで頑張りが二倍に




海外で仕事をすれば頑張りが四倍に



心の中でそんな風にレベルをつけていたような気がするのです




頑張ってる自分すごい!強い!何が来てもやったるでぇーーー!みたいな



だから、海外でつたない英語を使いながら仕事をこなしてるだけで私は頑張ってる!これ以上なにを求めるか?!って思ってたかもしれない




緊張感の中のすごみ




自分の強さが表にでてきていい塩梅に生意気になり、開放的になったのだと思います



でも、柄じゃないのよね



で、疲れたのよ…その頑張りに



縁側で日向ぼっこしたくなった私は厚木に帰り、もう頑張りたくねぇーーーっていいながら10年間もダラダラと生きてきてしまったのです



とは行っても、なんとなく始めたヨガを教えることが柄に合ってたこと



海外のヨガスタジオで出会った方がやっていた驚きな職業のこと



それを何となく続けたり心に留めておいたりしながら、なんとなーくその夢を心の中で大きくしてました




とゆーことで、今年からは生きる事に向き合ってやりたい事あるならちゃんとやっていく、という矢印を真っ直ぐに伸ばしていくことにしました(それも2年前くらいから微妙な準備をしつつ…とっても微妙な準備です…お父さんお母さんいつもいつもありがとう、ありがとう、ありがとう。)



10年間のブランクによりしっかりとした生活を送ることにかなりの不安があり、そして怠慢な自分がいるのですが、見える理想像が楽しそうなので、それに向けて歩みを進めていこうと思います





無料は罠なのか

タダより高いものはないといいますが



それはどうなのでしょうか



おそらく、その人の心の置きどころというか、どのようにそれを受け入れるかで、色んなことが大きく変わっていくのかもしれません



かれこれ8年ほど前、ヴィパッサナー瞑想を受けに行った時、ある感銘を受けたのです




あれは、完全にボランティアで成り立っており、建物、寝る場所、食べるもの、光熱費、水道代などは布施的に得られたものでまかなわれ、管理する人や先生やスタッフ、食事を作る人などなど、色んな部分がボランティアで回っているのです



すごいよね、、これが全世界にあるのだから



内情まで詳しくは知りませんが、、何度もヴィパッサナーに参加していると、先生として声がかかります


もちろん、、10年とか、年に何回も行っている方が声をかけられてたので、それなりの経験者です



ま、とにかく



私がヴィパッサナーに行って思ったこと、、、おそらく私以外の人も痛感していたのが、奉仕される事の素晴らしさ



こんな私が、という気持ちになるわけでもなく、ただただありがたく、それを気持ちよく受け取り、それを自分への集中に向けていく



なんとなくそんな感じ



奉仕されるってことなかなかないよね



逆にヴィパッサナーでは奉仕することもできます



それもなかなかの体験だと思います



日常でもボランティア活動はできると思います




が、なかなかそこに身を置くのは難しいかもしれないです




ともみは勝手に奉仕キャンペーンを毎月行ってるのですが、おそらくそんな事だれも気づいてないと思います



気づく必要もないんだが…



毎月一度、インヨガクラスをマイソールの生徒さんへ向けてフリーで開催していたのです



ついでに、って感じでやってもらってたんですが



ある時、イントラ仲間の方が来てくれて、フリー開催についてとても恐縮してたんです




そうだよね、、と思いながらも、周りは当たり前だと思っているのです



だって毎回フリーなんだもん、それに慣れてるし、そりゃそうだよね?的な




私が勝手に奉仕していることで、無理に有り難がる必要もないし



でもこれってエネルギー的にどうなんだろうか?とふと思ったのです



私的には奉仕的活動キャンペーンが出来て、そんな事を普通の生活に取り入れる機会ないからイェイ!って感じです



しかし、受ける側はどうなのだろうか?



タダだから受ける、ラッキー!とりあえずやっておこう



なのか、



タダだから、その奉仕を受け止めようという気もち



なのか、



私だったらどう感じるのだろうかとふと考え



どちらが身になるのか、、、



って後者じゃんね




でも、お金を払って渋谷に練習しにいくときも、一回の練習にすごく「有難い」を感じるのです



なにも特別な事をされるわけでもないけども、、一回の練習しにいくその時間がとても大切に感じられるので、ありがたい気持ちでいっぱいなのです



だから、タダなのか、お金を払うかは関係なく、受ける時には全身で受け身で行くと、本当に心からのありがとうがやってくるのだと思ったのだ






10年間を振り返ってみると、あの頃は…

本当に、


あっっっ


と言ってる間に10年がたちました



日本に帰ってきて、10年です



英語力が落ちないように色々と工夫してますが、10年前に比べたらスピーキングががっくり落ちまくり



そんな部分と、ヒアリングは上がったりと色々です



2008年から、大人たちに負けないようにと肩肘はりながらヨガを教え始めました



なまいきだったねぇー



当時を知る人と再会すると、なんか変わらないけど性格丸くなったね…笑!



たしかに!私も少しは大人になったね



いや、かなり老齢してるね



その落ち着きはどこから?と言われるくらい




マジ大人になったと思うよ、、ウンウン



ヨガを始めた頃は



瞑想なんてアシュタンガやってりゃやんなくっていーべ!



とか思ってた私が、もう7年間も瞑想する日々を送ってます



はい、変わりましたね




哲学なんて、わざわざ勉強する意味あるの?本は読んでみるがなんら興味もない私は



今は尊敬する哲学の先生のもとで学んでるとか…



スピリチュアルなんて糞食らえくらいだったのが



今年はどっぷりスピリチュアルなワークをたくさんしましたし




しかし、アシュタンガヨガは相変わらずです




なんら、不満もなく、疑問もなく、素直にアシュタンガヨガの練習を受け入れて十数年間続いているのです




生徒さんがいるから出来る練習と



心から信頼できる先生のもと学べる練習と



どちらも手に入れたものがありますが…



さて、来年からは念願の学生生活との両立でーす



ヨガと10年間向き合うという10年化計画が完了し、さらにまた新たな10年化計画の始まりです




10年も愛甲石田でヨガを教え、生徒さんの生活もそれぞれ変化があります



引っ越し、転職、結婚、出産、ともみからの離脱などなど



それでもまだまだ愛甲石田でヨガを指導し続けるので、どうぞよろしくお願いします


🎄🎄🎄🎄🎄🎄🎄🎄🎄🎄🎄


クリスマスは楽しみましたでしょうか、、

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風邪ひいたりしてダメダメでしたが、無理やり色々楽しんだ12月です


が、


まだまだ年末までゆっくりできませんね!


また来年もよろしくお願いしまーす


38歳のともみさん
写真のせると褒めてくれるので載せときます!照


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このドレス、めっちゃミーになります
(性格はすでにミーなんだけど)
4万円越えです😵だれか買ってください😬

薄いのにあったかい、とゆーやつです




毎日ヨガをする事は健康なのか

ヨガをすると痩せますか?


数ヶ月経つと、ヨガをやって痩せようなんて思わなくなる人がほとんどで、そして痩せるためにヨガやろうなんて思ってない人がほとんどです

↑うちの生徒さんだけかもしれないけど




ヨガは毎日やらないとダメですか?


週一から始めてたのが、家でも出来る時にはやるようになる人が多いです

↑うちの生徒さんだけかもしらないけど



昨日と今日の私は違います


明日も違います


なにが違うのか


心の状況も身体の状況も違うのです


食べたもの


寝る時間


寝る前に考えてた事


昨日なにをしたか


そんなんで人って毎日、毎秒違うのです


デイリーに同じことをするかしないかで、その見極めができます


それって大事です


わけわからず不満や不安が増える毎日よりも


わかっているから落とし込める自分と常に向き合えます


何で今日はバンダが弱いのか?


体幹がないから?


いや、昨日あったのに今日は無い…


だから、筋トレしなくて良いですし…


お腹の調子、寝不足、不安、様々な要素で昨日あったのに今日無いものが有る


無いものが発見される


デイリーに内観してるからこそ発見できる違いと違いの理由


不安からの解放


そこからの喜びとウキウキ


どう生きるのが自分の幸せなのか


自分が幸せな理由とそうなる理由も見えてくる


ヨガじゃなくても良いのかもしれません


が、


デイリーにヨガをやるのは見えてきます

自分のペースで生きるということ

相手は自分の写し鏡となるため


どうしても対相手との比較が出てきてしまうと思います



比較もある意味必要ですが、その使い方はやっぱり鏡として自分を見るべきです



毎日ヨガをやるともみさんは凄い




私も毎日練習しなくちゃ!




でも、今日は起きれずに挫折してしまった



明日こそ!




しかし、朝になるとやっぱり起きれずに自己否定




頑張り屋さんほど、この鏡の使い方を間違えやすいのかもしれません




私だって、毎日会社に出勤したり主婦やったりしてたら、こうも毎日一定な練習はきっとできないし



やろうと思わないとおもいます



やろうなんて思わないでしょう



私のペースはのんびりなので、追い込み練習なんてしたら心がポッキリ折れてしまいます



今でさえ、夜が遅ければ朝からガツガツ動ける日と動けない日があるから、ゆるく練習したりバリバリ練習したりの日々



人のペースなんて気にせずに、自分の置かれている状況をみて、上手に練習すれば良いだけ



週一でもよいし、月一でもよいし



毎日太陽礼拝一回でも、なにがいけないの?




自分の生活と合わせて、自分のペースで練習すれば、生き方だって自分らしく楽しくなる



焦らず自分のペースで




カメさんでもウサギさんでもアリさんでもキリギリスさんでもなんでもよいです






ヨガを実践する目的

なんのなためにヨガをやっているのでしょうか



おそらく、始めた時と今とではその"なんのため"が変わってきていると思う



私は、姉の真似っこです



姉がヨガやってたからやってみた



おねーちゃんありがとう😊



です❣️



運動神経の良い姉



憧れました



自慢の姉です



私は運動神経が悪くて悪くて



姉はいつも周りを引っ張るリーダータイプ



妹はヘッポコ



それを気にする母



それを傍観する妹ともみ



末っ子ってこんなもんです



気にしてません



子供の時の出だしがこんなだから



すごーいポーズとったり



すごーい有名になったり



先駆者になるとか考えられないのです



でも、人に求められるってことに対して、少し耳を傾けることも必要かな…と最近思えるようになりました



やりたいこともあるけれど、期待を受けるのも自分の好きなことへの糧になると思うので、頑張ろうと思います



今の私にとってヨガを実践する目的は、日常的にヨガを実践することへの指標になること…みたいな感じ



頑張ることではなく、意地になることではなく、カッコよくなることではなく



ダメって日常にペケをつけないこと



日常が素敵であることを知る=ヨガの実践



みたいな…🤔







いらない過小評価、そして解放

自分を過小評価すること



何気なく思っている事のほとんどの中に、この過小評価がたくさん混じっている



自分はアレやソレには対応できないと、日々の生活で感じる事、または対応したくない気持ちが先行して取り越し苦労する事



☆きっと会社でこんな事を言われる


☆あの人にこんなお願いされるだろう


☆こんな状況になるからやりたくない


☆電車で座れないかもしれない(笑)



そしてそれは全てはやってくる😱



そんな事嫌だ、対応にはネガティブな心しかない!



この気持ちが強いと、その反発心はとてつもないです



だから、余計にエネルギーを使ってしまいます



アシュタンガヨガの中の"ヤマ"にブラフマチャリヤがあります



ヤマ、二ヤマのあれです



ブラフマチャリヤは禁欲という意味として捉えられてます(一般的には)



ヒンドゥーが混じるので、解釈がややこしいのですが



そもそもはアチャリア(エネルギー)をブラフマー(創造主)に注ぐ、、という事になるので



そのエネルギーの注ぎ方に意識を向け、その注ぎ方を我慢ではなく解放しなければならない




ゆえに、あれやこれと考えに上がる事にエネルギーを注ぎ、自分では対応できない、したくないと抑える事で、それは負のエネルギーとして爆破または圧迫されてしまいます




自分ではそれは対応できず、できないしやりたくないと過小評価していると、それは現実となり負のエネルギー循環となってしまう



そんなことは考えなくてよい



その時に自分ができる事をやるだけ



対応できます



その時に自分ができる事をするだけ



できない事への恐れは不必要



その時にならないとできるか否かは対象ではない



自信を過小評価せず、できるできない関係なく、それはすべて対応できること…と捉えておく




この地球は全て循環し巡っている




だからこそ、エネルギーを溜め込まず解放する



無駄に溜め込むようなら、まずは練習すること



後先の事で不安を思っても、それは自分への過小評価



その時の状況に意識を向けて自分に何ができるのかをその時に対応する練習をしてみる


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暑いが恋しくなるかも?

あと数年でプチ氷河期が来るとか来ないとか



統計的には来るらしいけど、来ないかもしれないよね



もしかしたら、この暑さが恋しくなる日も近いかもしれない



暑い夏…すでに毎日30度越え


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まだ湿気がそこまでではないのか、夏本番な暑さは感じず



でも気温は高いから汗はたくさんかくよね




朝の4時はすでに薄暗いくらいに日の出が遅くなってきた



でも爽やかで気持ち良い!



が、すぐに暑くなる




ダクダクな汗をかきながらの練習で、終わった後はさっぱり暑くない




暑い暑いと言いながら教室にやってきては、さっぱりして帰っていく



その日1日はさっぱりすごせる🌱




筆と箸とヴィンヤサの繋がり

ヴィンヤサに重きをおいてしまうので


ヴィンヤサちゃんとしてないと、ポーズよりもそこに目がいってしまう



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でも、ヴィンヤサに重きをおいてない場合は、やっぱり元に戻ってしまう



私の願望を押し付けるのも…とも思うのだがヴィンヤサがちゃんとなされてる時のポーズの流れは違うので、やっぱり大事だなぁーと思うのです



実体験だからこそ、人にもそこを伝えたい




例えば、筆の使い方って鉛筆と違うじゃない



だから、初めは筆の使い方ってとっても重要で、そこから文字を流れるようにかけるかどうかが決まり、もしも筆の持ち方があまかったら、そのスムーズさと文字の良し悪しも変わってくるじゃない?



その基礎的な部分がヴィンヤサと似ていると思うのだ



例えば、箸の持ち方もちゃんと持てているかどうかで豆がつかめるかどうかにかかわるじゃない?



そのちょっとした違いが次のポーズに繋がっているのですよ



ヴィンヤサでちゃんと腕を広げたり、足を上げたり、一歩を大事に動かしたり、それを呼吸によって誘導したり、目線を定めたりって事をできていないってことは



パズルのピースを外した状態で全てを進めていく事になるんだと思う



未完成でもいいけど、そこを見過ごすことはこのあとずっと見過ごされる事になると思います



だから、ずっと穴ぼこあいたままで、あれができない、呼吸が苦しい、体が重い…



ずっと何故だ何故だと悩む原因になって、ヴィンヤサのシステムを無視して同じループの中をグルグルする事になる



アーサナの練習は体を鍛錬するためにとても重要


そこから宇宙のような時間のシステムのない空間として、感覚が広がっていきます



それも、ただ体を動かすのではなく、理論の中でちゃんと行うことがもっと重要ってことに気づく


Nauliland

初めてのアシュタンガヨガはサンフランシスコで学びました



とてもとても幸せな時が流れ



こんなにノンビりと過ごせるなんて夢のようだとさえ思いました



今も相当ノンビリだけど



ヨガのトレーニングはまったく大変のタの字もなかったほど…



そこで得られたものがNaulilandです




英語ですがシェアしたくて動画作りました❣️




(英語だとシンプルでダイレクトなので、なかなか日本語には変換しにくいです。英語わからない方ゴメンね)

体の不調は何のせい?

無理やり世の中を変えようとするよりも



見方を変えた方がよっぽど建設的



悪いものを変えようとか



悪を裁くとか



世界を変えるために、日本を変えるために



何かを変えたい気持ちよりも



自分の中の世の中の見方を変えることが必要



Not change the world, change the way see the world.



英語の方がシンプルだね



自分と向き合う事の一つだと思います



何かがダメだと思って、それが何なのか明確じゃないのに、あれこれと変えたりひっちゃかめっちゃか…



永遠のループへ足を入れちゃってます



例えば



朝スッキリおきたい




起きれない




夜寝る時間が遅いから早く寝よう



スマホがやめられず早く寝られない



このループはよくありがち




スマホが良くないから部屋から追放




いっときは続いても




もう大丈夫だと思って再開




変わってないじゃん




変えられないのです




無理やり変えようとするとる変えられない




この例を考えると、スマホは悪くない



でも、スマホのせいにしてる



全ては自ら起こしている事




ヨガの例では…




体が硬い



呼吸が辛い



太ったから



寝不足だから



夏で疲れてるから




ヨガをやるときもついつい何かのせいにして



自分の体の状態と向き合えないでいる



何かのせいではなく



自分が勝手に作り出した



これは良くない事!悪いこと!



と決めつけてるだけ



残念ながら、何かのせいには出来ないのです❤︎

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閃きを大事にする方法

ヨガをする何かしらの理由の中に必ず



「自分を良くしたい」という思いがあるのではないだろうか



人間だからこそそう思えるもので、




願望を実現させる力を持っている




自分を良くするってなぜ思うのか




きっと、どこかでまだ自分らしく生きていない…




と思ってるのではないのか




自分の願望は頭の中に既にあるものと




閃きのようにキラっとでてすぐに忘れてしまうものがある




たとえば、



今自分の爪をみて



「あぁー爪伸びてるから切りたいな」




「後でやろう」





忘れる…





こんな経験あると思います




爪切りたいなって思ったら、料理してる最中でも、ヨガしてる最中でも、とにかく切ればよい




中断しちゃいけない理由は無いと思います





爪切りたいから切る





誰かと話してても、「あ、ごめん爪切らせて」




「え?」って思われてもいいと思います





そのうち、そんな状況は当たり前になっていくんだと思います




そんな状況とは、自分の閃きを大事にして行動に移すこと




人はそういう人をKYだとか病名とかつけるかもしれない




でも、わざとやってんだからいーじゃない




自分を良くするための一つが、意識的に閃きを大事にしてそれをやってみる




これにつきると思います




ヨガやってみたいな…の衝動で始めたり



瞑想やってみたいな…で始めてみたり




そのパッと浮かんだ閃きってとっても大事です



それは些細であり沢山ある



それが自分らしさで、自分らしく生きていくことだと思います






みんな大丈夫なんだから!「意識の変え方」

意識を変えると何が変わるのか




見え方よりも、見方が変わる




客観的に見るのではなく、自分の内側から見えるもの




そこがしっかりと変化してくる




自分の足元を見るように、そこから広がる全ての見方が変わる




客観的に自分をジャッジるすのではなく、全ての意識を内側から感じてみると




そこから見える世界は違うものになる




自分の見えている世界が素晴らしいものなら正解




全てが窮屈で嫌なものばかりなら、意識を変えていく←難しいね




世の中のほとんどは素晴らしい事ばかりなのに、どうしても真っ白な紙の中の黒い点が気になるように、嫌なことに目がいっていしまう





それは、周りにも蔓延する






ヨガとのつながりでいえば、




そう、それですよそれ




わかるよね




私もいつも経験するそれです




いつまでたっても経験するけど、ちゃんと意識を変えてあげれば大丈夫




みんな大丈夫なんです




どうしても頑張ってしまう人は…

なにかと頑張ってしまう性格ってあると思います



私は面倒くさがりなので、頑張れないなぁと子供ながらに感じていた



何をするにもだ



大嫌いな勉強も人間関係も、ちょっと頑張ろうにも無理すると気持ち悪いし嫌だしキャアーー!ってなる



それはそれで健全だと思ってたけど、大人になるとそれは良くないことのような風潮にさらされる



誰とでも平等に、いつでも誰とでも変わらず、変わらない態度で臨むことが素晴らしいと




が、それはムリなのだ




とゆー事の疑問があった




どーしてそういう素晴らしい態度で望めず、もやもやしながらも素晴らしい態度を求めながら頑張ってしまうのか




その答えをヨガ哲学の先生がピシャリと答えてくれたのだった




☆その領域に達していない




☆受け入れる許容がまだない




☆そこで頑張っても受け入れる器はない




自分が望もうとしている事がどうしても上手くいかず、自分がネガティブになる事柄は、身の丈に合わずに無理をしているから…と




一つの経験として、それはあんたの許容できる問題じゃないよ、そのことも一応知っておけ




って事




人によっては難しいことも、おそらく自分には簡単な事もある




それをやっていき、苦手なことは得意な人に任せる



苦手な事を克服するのが美徳という風潮は、おそらくそれを勝手にかっこいいと思ったり、洗脳だったり、実は苦労するのが好きだったり♡




ヨガとの関連としては、今なんかしっくりこないポーズとか色々あると思う



今の体の状態があるのに、努力したところで限界を越えれば怪我をする



でも、物理的な体は変化があるから、変化があった時には上手くいくことがある




その変化は日々の行いであって、前述した努力とは違いがある




逆に、ヨガを努力でグイグイやってくと、ネガティブになってしまうっていうこと




ヨガは日々の行いなんですよ

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ヨガ…?どうしても体が動かない時

汗たっぷりで起きる時



浮腫んで起きる時



低気圧の影響を受ける時




台風とか、雨とか、高温とか色々あって




とてもじゃないけど、体はムリっていう時がある



でもね、ヨガやるといいんだよ!





って言われてもねぇ😵





そういう時ってやっぱりお腹に力が入らなくって動けないのです




そう、お腹の力がない




丹田、バンダがすっからかん




お留守です




突然動いてもだるくってやってらんない





まずは、体がどういった状態なのか、朝起きたときに感じることから始めると良いかもしれない




体は動きたくない




いや、気持ちが動きたくないのか?




それすらもまだわからないかもしれない





まずは、観察することから





で、呼吸の状態を見てみる




呼吸のしやすさ、入りやすさ、出しにくさ




で、呼吸の練習をしてみる




呼吸をすることは、血液に酸素を送り、ヘモグロビンが…ってあるじゃないですか



あれってあんまりにも基礎すぎて思い出しもしないかもしれないけど、とっても当たり前で重要ってことってわかってますよね




だからちゃんと呼吸してあげるんです



意識的に



呼吸は気持ちを軽やかにします



なぜならプラーナが整うから



なぜプラーナが整うかというと、血液に乗って必要なものが体全体に巡るから



当たり前すぎる?


…。



呼吸をしてみて、で体がちょっとかるくなる、でお腹に力を入れてみる




もっと気持ちを軽やかにしたかったら、あとは体を動かさなきゃ



お掃除でもよい




でも体の中のお掃除をしておくと、もっと体も気持ちも軽やかになる

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朝の太陽礼拝

暑くなると寝ても寝ても疲れが取れない



怠い



眠い



動きたくない




その怠さを引きずるよりも体の状態をスッキリさせた方が、その日の一瞬一瞬をクリアに生きていけると思います




朝は、その怠さを引きずらないように胃腸の状態を良くするだけで、好転していきます




その一つに、ヨガをすること
 



太陽礼拝




朝の太陽礼拝は太陽に感謝する時間🌞



全ては太陽のおかげ…




なんですが…




体の状態を良くするためにもオススメ




体感がしっかりとしてきて胃腸がグイッと持ち上がり、たちまち汗もでてきて体内から要らないものも出てきます



寝ても抜けきれなかった疲れを呼吸によって押し出す…そんなイメージ






朝は太陽礼拝で呼吸のお風呂に浸かり、プラーナを整えておけば軽やかな1日になります











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